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記念祭
 本校の学校祭は前述の通り、創立記念日の10月に合わせて行われていました。しかし、大学入試共通一次試験(現、センター試験)の前倒しにより、現在の9月へと移動となりました。今では「記念祭」という名称にのみその名残が見られます。しかし、この事は、多くの生徒が知らないものと思われます。
 
 皆さん記憶に新しいと思いますが、平成十二年9月11日に東海集中豪雨があり、体育祭が中止となりました(このちょうど一年後、アメリカで同時多発テロが起きたのに何か感じるのは私だけでしょうか・・・)。ここ数十年、体育祭が雨天により中止になることはなく、当時の記準本部もまさか中止になるとは思わず、その対応策は書面上の計画でしかなく、実際に中止される可能性を想定していませんでした。そして、前々日に豪雨があり、中止が確定となると、生徒(当時の三年生の応援団長らを中心とする一派)が署名活動を実施し、生徒会に対し、体育祭の開催を要求してきました。
 これは、生徒会に対する暴動に過ぎないと思いました。なぜなら、既に晴天時と雨天時を一応、想定して前日からの行事予定を編成し、記準委員会、代議員会、クラスの承認を得たものを覆そうと企んだからです。確かに、雨天時の想定はお粗末なものだったかもしれませんが、曲がりなりにも正規の手続きを経て承認されたものを否決する道義が何処にありましょうや。署名活動を実施して、行動を起こす事は大いに結構。しかしながら、今回のケースはあくまで全校生徒の承認を得たものに対しての行動なので、これは暴動以外の何ものでもありません。また、この署名用紙は不備が多く、「署名者が署名した時点と生徒会への提出時で書面内容が異なっていた事」「800名以上の署名と言いながら、実際は600名強しか、署名がなかった事」「重複して署名した者がいる」など、数えればきりがありませんが、とにかく不備の多いものでした。

 

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